更に続き。

長くなりすぎたので分けました。

こっちが更に後編です。読まれるかたは下の方からどうぞ。

気が遠くなるかと思った。
その隙に、身動きすることも忘れた橋爪の片足を西脇は少しだけ浮かせた。上から見るとまるで西脇の膝にかかとが乗っているようになっているのだ。
また彼自身も、それを何の障害とすらも思っていないように見えた。

このひとちょっと変じゃ…？
いやいやいや、男なのにこんな格好してるって分かったら私の方が変態じゃないか！！

「まあ絵になるわねえ」
「本当」

狼狽する橋爪をよそに、従姉妹ふたりはそんな呑気なこと言っている。橋爪は従姉妹を本気で呪った。ばかやろうと心の中で罵声を飛ばすことも勿論、忘れなかった。

もう嫌だ。
もういやだー！
何でこんなことになったんだ！！

「………」

本気で涙が滲みそうになった。
だからといって逃げ出す訳にも行かない。
橋爪が内心叫んでいる間にも、西脇は手を動かしていた。

西脇の所作は流れるようでいて本当に卒なく、全く違和感がなかった。
見るからに上質な格好をした男が、膝をついて橋爪の足を手に取っている。そして靴を履かせている。

彼の視線は当然ながら橋爪のつま先に向いていて、椅子に座った橋爪からは西脇がまるで目を閉じているかのように見えた。
ひどく高級な靴屋の店員か、執事とはこんな感じなのかと橋爪は見当違いのことを思った。
だがそれとは決定的に違うのが、彼の端正な面だ。まっすぐな眉、シャープな顔のライン、きりりとした唇。
やっぱりハンサムだな、とぼんやりそんなことを考えた。

そうこうする内に、履かせ終わったらしい。橋爪の片足を未だ自身のスラックスの上に載せたままだと言うのに、それを全く意に介していないのか西脇は椅子に座ったままの橋爪を見上げてきた。

「出来ました」
「あ…りがとう、ございます」

気のせいか、頬の熱が上がった気がした。
そそくさと西脇の足から靴を降ろすと、西脇が笑んだ。それどころか立ち上がる橋爪にごく自然に手を貸してくれる。
その大きな手はひどく温かかった。




そのまま頬にも睫にも手指にも熱を滲ませているような感覚を、橋爪がどきどきと全身で感じていた時。
「じゃあ西脇さん、説明をお願いします」

紅音が彼を呼んだ。はい、と答えて西脇は振り返った。そのまま離れていくかと思いきや、彼は何故か橋爪をさりげなく従姉妹の傍に連れて行く。
そのままなし崩しに三人で西脇の話を聞くことになった。店内のソファに座ると、西脇から資料が配られた。

「今回のCMは、『女性は幾つになっても薔薇』を表現することがコンセプトとなります。ご用意いたしました資料によりますと、弊社のリサーチ結果では…」

西脇の声が夜の店内に静かに沈む。

…なんで私ここにいるんだろう。

それよりピン打ちとやらはどうなったんだと隣の紅音をちらりと見るも、何を誤解したのかにっこりと笑い返された。
違う違う！と橋爪が訴えたくなったのも無理はないだろう。

「女は何歳になっても薔薇、かぁ」

しかしちょうどその時、翠が資料を見ながらそう呟いた。すると姉も大きく頷く。

「ある意味、紫乃には当てはまらないわね」
「そうよね。だって紫乃はオト」
「わーーーーーーーっ！！！」

橋爪が立ち上がって大声を上げる。わたわたと手を動かして、爆弾発言を落とそうとした翠の両肩に掌を乗せると、「なあにうるさいわねぇ」と姉のく紅音が呆れたように言った。
「あ」
はたと気付いて三人と対面していた西脇を振り返ると彼は目を丸くしていた。

ソファの端に座っていた橋爪は、真ん中の紅音を通り越して反対側の翠に身を倒していたのだ。まるで西脇の眼前で女性二人に覆いかぶさっているようなかたちに、一気に羞恥がこみ上げる。

「すみません…お話の途中に」

しゅんと項垂れて自らの位置に戻ると、「いえ」と柔らかないらえが返った。怒ってはいないようだが、呆れているか笑っているのかもしれない。
そう思うと益々身の置き所がなくなった。

橋爪が自己嫌悪に似た思いに囚われている中でも西脇の説明は続いた。凛とした声に整然とした話の内容は、聞く者を引き込む力を持っていた。
それは従姉妹たちも例外ではなかったらしい。どうする？とお互いを窺いあっているのが分かる。
それでも決定には至らず、説明がちょうと終わりかけたその時だった。




店の扉が開いた。
「こんばんは、こちらに西脇という者がお邪魔していると…」

新たな声がした。
橋爪が顔を上げると、ひとりの女性が店の中に入ってこようとしていた。彼女の名前を呼んだ西脇と、新たな客を迎える従姉妹たちに橋爪もつられて立ち上がる。

「突然申し訳ありません、私は───」

名刺を出した彼女は西脇や従姉よりも少し年上に見えた。
しかし西脇の紹介で、その彼女こそが今回のクライアントだということが知れた。CMの依頼主ということは、大手企業の経営主ということになる。
橋爪は驚いた。
大企業の社長という肩書きが似合わないほどに、彼女が余りにも若く、美しかったからだ。

結い上げた漆黒の髪に服、目元の泣き黒子が真っ赤な口紅がなんとも妖しい雰囲気を醸し出している。
髪型などは紅音に似ているが、従姉が黄色の薔薇だとしたら、この女性は真紅だ。しかもとびきり上質で大輪の。

「まあいつもネットショップでお買い上げいただいていた・・・・様は」
「ええ、私です。お恥ずかしい話ですけれども」
「そうだったんですか」

橋爪はその輪に入っていけずに、何となく離れて女性たちを見ていた。
どうやら、依頼主の彼女はこの店の常連だったらしい。一気にその場の雰囲気が柔らかくなった。
その勢いのまま女性同士にこやかに話が進み始めた。

それをぽつねんと見ていた橋爪だったが、気付いたらいつの間にやら西脇が隣に来ていた。
ぎょっとした表情に気付かなかったのか、西脇が並んだままゆっくりと顔を橋爪に向けてきた。

「紫乃さん」
「は、い！」
「失礼ですが今日この後、何かご予定は？」
「え……」

何、何、何このひと。
なんで見つめてくるの！

穏やかだがどこか強いものを含んだまなざしに、橋爪の心臓が跳ねた。
鼓動が耳の中でうるさく響く。くちびるを半開きにしたまま黙る橋爪を、西脇はなおも見つめてきた。





返事が出来ずにいた橋爪だったが、その時従姉妹と話していた彼女がふいに振り返ってきた。

「あちらは？」
「ああ、私達のいとこでして。ちょうど新作のサンプルを試してもらっていたんです」

彼女の視線は明らかに西脇の隣に居る橋爪に向いていた。
それに気付いた西脇が何か言うよりも早く、彼女が橋爪たちの方に近づいてきた。体のラインがしっかり出ている服を見に包んだ凶暴なまでの美人には、欲望を覚えるよりもまず圧倒されてしまう。

何事かと思う橋爪の前で、彼女は足を止めるとじっと覗き込んできた。

「ふーん」

夜のように漆黒な瞳で、彼女は橋爪を見つめる。

「あ、の」

西脇とはまた違った迫力に、気圧されて橋爪はそう問うことしか出来ない。

すると彼女は優雅に手指をひらめかせて橋爪の頬を撫でた。
そして、つい、と顎を軽く持ち上げる。何故か橋爪は、無礼とも言えるその仕草に抗うことが出来なかった。

しばらく───と言っても二、三秒程度のことだったかもしれない。満足したのか彼女はそのまま西脇を見上げて妖艶に笑った。

「決めたわ。この子よ」
「え？」

橋爪は彼女が何を言っているのか分からなかった。顎下に指を当てられたまま思わず隣の西脇を仰ぐと、彼女はよく通る声できっぱりと言った。

「この子をCMに使うわ。巽」

分かったわね、と女王然として告げた女性の声をどこか他人事のように聞いた次の瞬間。

「えーーーーーーーー！！！！！！」

橋爪は一人、悲鳴を上げていた。









続きません。
続きませんったら続きません。
……続かなくちゃいけないのかなあ。でもネタが（以下略）。　←すでに弱気。

ナンパ師、西。
ゴスロリな紫乃さんの足元に膝まづく男は憎いですね。当然確信犯でしょう。

Close

あれ何故か

プッシュを頂いたので、ゴスロリ続きを…。

ネタが段々なくなってきて困るなあ。もうここから先の展開は真っ白です。
多分、もうじき落ち着いて更新ラッシュがなくなりますので今のうちに、どうぞお楽しみいただければと思います。
試験勉強しなくちゃ…。

「あ」
ヒラリと小さな紙が机の上から落ちた。




内科医の橋爪紫乃は、椅子に腰掛けたまま身を屈めて床に落ちた手のひらサイズの紙を拾った。
黄金率の紙は、所謂名刺と言われるものだった。

「………」

それを、その紙面に印刷された名を橋爪はじっと見つめる。
患者が途切れた診察室。
看護師も席を外したそこで、白衣の橋爪はそのまましばらく動くことが出来なかった。

あれから数日。
思わぬ格好をして思わぬ風に出会った男から渡された名刺。それは決して不純な目的ではなかった。しかし何故か橋爪はそれを、従姉妹の店へ置いてくることが出来なかったのだった。

『またお会いしましょう』

思い出すのはあの男の瞳だ。
薄い眼鏡の下から、橋爪を見つめた、あの。

自信を持つ者だけが持つ独特の勁い光。それがどこか楽しそうな獲物を捕らえたような、不可解な色を宿して橋爪をまっすぐに見下ろした。
一部の隙もなくそれでいて嫌味でもなくスーツを着ていた彼。ゴシック・ロリータの店に居るというにも関わらず彼の持つ空気というものがそこに在った。

『紫乃、さん』

「！」

思い出して橋爪はぶんぶんと頭を振った。
あの時あんな格好をしたのは恐らくあれ一度きり。これから先はもうあんな格好をすることもないし、西脇に会うこともない。
何せ彼は自分を女だと思っていたのだから───。
そう思うと何故か胸の中がずんと重くなった。またお会いしましょうという謎かけのような意味深な言葉が引っかからないかと言えば嘘になる。確かに橋爪は、彼を気にしている。

それでもだ。
もう二度と会うこともない。

そう考えると、この名刺を従姉妹に返さなければと思うのと同じぐらいに気分が暗くなった。

『一内の橋爪先生、橋爪先生。・・・・までお越しください』

その時、院内アナウンスで橋爪を呼ぶ声がスピーカーから流れた。
はっと時計を仰ぎ見れば、とっくに診察は終わっていた。この後はカンファレンスの準備があるのだった。忘れていた、と橋爪は立ち上がった。

「………」

あの人のことはもう考えないようにしよう。
もう二度と、会うこともないのだから。

そう強引に自らの中で結論をつけ、橋爪は白衣の裾を翻して部屋を出て行った。




「あら紫乃、どうしたの？」
従姉妹の店を訪れたのは、その日の夜。
あれから仕事を終えて橋爪は店へ寄ったのだった。

「これ」
橋爪は手にしていた名刺を従姉に差し出した。
「これは？」
「この間、預かってたんだ。渡すの忘れてた」
「ふーん」
無表情な橋爪に気付くことなく、従姉は何の感慨もなさそうにその名刺を軽く振った。

「…CMに使いたいって言ってた」
「そうみたいね。話が来てたわ」
「どうするの」
「CM？　別に興味ないし。ねぇ翠」
「そうよね」

西脇を庇うような発言をした橋爪の声はどことなく暗い。その前で、姉は帳簿を見ていた妹を振り返った。
二人は本当に何とも思っていないのだろう。そう考えると余計に気分が暗くなっていった。

「紫乃？」
「何でもない。じゃあ、確かに渡したから」

その時、姉の紅音がようやく橋爪の様子がおかしいことに気付いた。だが橋爪は短く辞する言葉を告げるとそのまま店を出て行ってしまった。
橋爪が去ってしまった店内で、しばらく沈黙していた姉妹だったが。

「どう思う？　翠」
「考えてる」
「何を」
「たぶん紅音と同じこと」

淡々と告げる黒髪の妹に目を瞠った紅音は、次の瞬間魅惑的に細めて「紫茉に電話しなくちゃね」と言った。妹はそれに、黙って頷く。
そして姉妹は一枚の名刺を前に、同時にニヤリと共犯者の笑みを浮かべた。



更に数日後。

「で、今度は何の用」

またしても閉店後の店に、橋爪は呼び出されていた。
とにかく何でもいいから今日すぐ来いと言われて、準夜勤明けの残業後だったというのにわざわざ立ち寄らされたのだ。
睡眠不足と疲れと意味不明な呼び出しに、橋爪は形の良い眉を強く歪めてじろりと従姉妹をねめつける。

「新しいサンプルが出来たんだけど、それのピン打ち試したくって～」
「翠がやればいいだろ」
「あらあ、駄目よ。翠がやるんだもの。着てたら出来ないじゃない」
「紫茉に頼みなよ」
「そのつもりだったんだけどね、急な病理解剖が入ったって言うから」

そこで紅音は小首を傾げて手を胸の前で組んだ。茶色の巻き毛がふわふわと揺れる。

「ね？　お願いしーちゃん、紫乃ちゃん、紫乃様。これ終わったらあんたの好きな『御村』でフルコース奢るから」
「…ちゃん付けはやめて」

昔から従姉妹のお願い事には弱い。
それを頼む方と頼まれる方、お互いが知っている。そして好きな和食店の誘いに心動いた橋爪は諦めたようにため息をついた。

「紫茉も？」
「紫茉も」
「大吟醸一本つけてくれる？」
「二本でも三本でもつけるわよ」

その答えに、エレガントと呼ぶにふさわしい紅音が満面の笑みを浮かべる。
───後から考えればその時、ヘンだと思うべきだったのだ。




「どう？　紫乃」
「…う、ん、あとちょっと」

手渡されたサンプル品とやらを抱えて橋爪は試着室へ入った。
外から声をかけたのは妹の翠だ。
ここに入る前に、何故か軽く化粧まで施されてしまった。なんで、と尋ねると「こっちの方が雰囲気が出て分かりやすいのよ」とよく分からない理由を返された。
そんなものかな、とよく分からないながらも白粉と頬紅とルージュを重ねられてしまっていた。
鏡に映る姿を見ていると、毎度のことながらため息が出る。

今日の服は薄いピンク色のワンピースだった。
ちょうど、イチゴミルクのアイスクリームのような色をしている。
ウェストが細くなっているのは前と変わらないが、腰からハの字になるように斜めにカットされている。
大胆と思えないのはそこにフリルが付いているからだ。そしてその下には更に三段の白スカート。

胸元はふんわりと真ん中で絞られて切られているが、そこをまた繊細なレースが縁取っている。
その下にまた白いブラウスを纏うのだ。白い襟元には、思い切り濃い紫のリボンを結ぶかたちになっていた。
袖は上腕が丸く膨れているものの七分丈で、フランス人形のように長いレースがついている。

そして今日は帽子タイプのドレスハットが用意されていた。
橋爪はそれを結びながら試着室の中の鏡で自分の姿を嫌そうに見つめた。

今日もスカート、その下にガーター。
「………」

情けないにもほどがある。従姉妹の頼みでなければ誰がこんな格好をするものか。しかし今回で終わり、もう二度と着ないと橋爪は強く誓った。

その時、カラン、と入り口に付いている鐘が鳴った気がした。
誰か来たのだろうか。しかし店はとっくに閉店しており、客が来る訳もない。翠か紅音が出入りでもしたのだろうと橋爪は単純にそう思った。

「出来た？」

カーテンの向こうからは翠の声がする。うん、と答えながら橋爪は最後となるリボンをきゅっと結んだ。
出来上がった姿をざっと上から下まで眺める。
その時、橋爪が着ていたのは店に出してもおかしくないほどに完成された服であるように見えた。
これのどこがサンプル品なのだろうという全うな疑問は、当然、首を傾げるだけでは誰も答えてはくれない。

「でも翠、これって何か修正が必要なのかな───」

橋爪がそう言いつつ試着室のカーテンを横に引いた時だった。
顔を上げて橋爪は驚いた。いや、驚いたなんて表現は生易しい。驚愕したと言った方がいいかもしれない。

「！！！！」

バン！と変な音がした。
橋爪は上げかけた悲鳴を喉に絡ませて、カーテン横の柱に背をぶつけた。そのまま硬直しながら試着室の中へ咄嗟に後ずさるという器用な真似をしつつも、目の前の光景を凝視し続ける。

目はまるで固まってしまったかのように動かない。
なぜならば、そこに立って居たのは西脇だったからだ。




先日と同じようなスーツ姿にメガネをかけて、試着室にちょうど背を向けていたらしい。
肩越しに振り返った男の視線と真っ向から自分のそれが重なって、橋爪は一瞬でパニックに陥った。

「な、な、な、なんでこの人がここにーっ！」

声は震えていたのかもしれない。
指を指さなかったのは奇跡だ。それほどに狼狽しパニックに陥った橋爪を、西脇は一瞬目を丸くしたもののその後は平然と見つめているし、従姉妹は揃ってにこにこと笑っていた。

「あら、打ち合わせで来て貰ったのよね、翠」
「そうそう、紅音の言うとおり。うちをCMに起用したいって言うから」

「な、だってこの間は興味ないって言ってたじゃないか！」
「「気が変わったの」」

見事なサラウンドに、橋爪は全身に汗が噴出すのを感じた。

どうしようどうしようどうしようどうしようって、どうしよう。
人生のうちで、こんなに本気で逃げたいと思ったことはないかもしれない。恐慌状態が続いてそれ以上言葉が出てこず固まってしまった橋爪に、何を思ったか西脇はついと近づいてきた。

「紫乃さん、でしたね」
「はいいっ」

裏返りそうになる声をやっとのことで制した。
だがそんな橋爪の狼狽が見えてでもいないのか、西脇は相変わらずスマートな笑みを向けてきたのだった。

「お久しぶりです」
「え、は、はぃ…」

返答は尻すぼみになる。いたたまれずに橋爪は面を伏せた。頬が熱い。とても、彼を正視など出来なかった。
すると西脇も自然、それ以上は言葉を続けられなくなる。

「………」

私の馬鹿馬鹿。何でここで黙るんだ！

しかし当然のことながら橋爪とて何を言えばいいのか分からない。西脇の表情は全く窺い知れないが、まぎれもない沈黙が二人を包みかけたその時、姉妹が何気なく言った。

「紫乃、靴履いてみて」
「其処にあるやつよ」

それでようやく意識を取り戻した。
試着室前に脱いだ橋爪自身の靴───当然ながら男物だ───は、いつの間にやら片付けられていた。それにホッとするやらこの元凶を招いた根源やらという理由で、橋爪は顔を上げて姉妹を見た。
後で覚えてろ、という呪いにも似た強い視線を送りつけるものの、姉妹はそんなことを全く介していないように微笑んでいる。

用意されていた、高さのある靴に橋爪が目を向けると、何故か目の前から信じられない台詞が投げられた。

「これですか」
「え？」
「ええ、そう」

橋爪の呆けた声に重なるのは、従姉妹のものだ。
ぽかんとしている橋爪を他所に、目の前に立っていた男───当たり前だが西脇、はちんまりと並べてあった靴を手に取って振り返った。

「あ…の？」

続けざまに瞬きを繰り返した橋爪に、西脇はさらりと言った。

「座ってください」

すぐ横の椅子を顔の動きで示されて、橋爪は再び我に返った。
飛び込むように座った拍子にスカートがふわりと跳ねたが、そんなことに構っているゆとりはなかった。

しかし次の瞬間、橋爪は絶句した。

「！！！！！！？？？」

西脇が椅子に腰掛けた橋爪の前にすっと身を沈めたからだ。
彼は目を剥いた橋爪の前で床に片膝を付き、ごくごく自然に橋爪の足首をそっと掌で包んだ。

って何、この人履かせてくれるつもりーーーーーーー！！！？？？








長くなりすぎたので一旦切ります。

Close

続きその後。

昨日書きたかったのはここまでです。

西がやたらに軽いっつーかナンパ野郎になってしまっておりますが、そこはお気になさらず。

何故かこの話、受け入れられないかと思いきやそうでもない。
褒めてくださった方々どうもありがとうございます。
受け入れられない方は当然読まないでv

…でもなんでゴス紫乃さんを書く事になってしまったのか？考えたら何故かよく分からない。
（アホですみません）

きっと食物連鎖なんでしょうね。
連鎖ついでに叫んでみる。
大人な紫乃さん見たい。見たい。
ついでに色つきでセクシーポーズだったら言うことない。ガーターは欠かせません。
（個人的には座っていて…というか体育座りみたいに床に座っていて、でも足が片方上がってたりなんかして、太ももの裏側が見えるようなのがいいなあとv　裏側萌え～）

一緒に黒・紫茉さんがついていたら悶絶する。



でも大人でゴスさせる方法を模索した結果がこれなんです！私頑張りましたよね！？と雨の降っている夜空に向かって叫んでもいいよね。
（部屋の中は着物の虫干しだらけですが）

カーテンが大きく靡くぐらい勢いよく払ってしまったことに気付いたのは、その向こうに立っていた男を目にした時だった。

（あれ、スーツ？）

てっきりそこに居るのは橋爪同様クラシカルな格好をした少女か、普通の服を着た女性だと思っていた。
ところがそのいずれでもなさそうな男、薄いメガネをした背の高い男がこちらを振り返ったのが見えた瞬間、履き慣れない靴に足がバランスを崩した。

それはほんの数秒のことだった。走りながらもそんなことを考えていた橋爪が、「あ」と声を上げた時にはもう、前のめりに倒れていた。

「危ない！」

まるで彼に向かって飛び込むように、橋爪は抱きとめられていた。
それなりに背の高い橋爪を受け止めてもその男はいささかもぐらつくことなく、その場に止まっていた。日ごろから身体を鍛えているのかスポーツでもしているのか、その体は硬かった。貧弱だと思っている橋爪とは全く違う、彼。

わずかに馨るのは何のフレグランスだろう。医者である橋爪は日中に何かを付ける習慣はない。
スーツもシャツも、地味な色であるのに上質なものであろうと分かるほどの肌触りをしていた。間近で見たネクタイも趣味のいいもので、明らかに今までの客層とは違う。
この人は誰だろう、と思ったところで密着しすぎていることに気付いた。

「も、申し訳ありません」
「いや…」

それで彼は橋爪体を元に戻してくれた。するとほぼ正面に、彼の顔が来た。
やはり背の高い男だ。優に10センチはあろうかと高い靴を履いている橋爪よりもまだ少し高いかもしれない。しかし橋爪が改めて思ったことはそれだけではない。

その男の顔の造作が整っていたことはもちろん、薄いメガネの下の眼と彼の持つ空気がひどく強いと感じたのだった。覇気に溢れているというか、そんな風な。

「あの…」
「…ああ、失礼」

何故か橋爪の両腕に添えられていたままの手を彼は気付いて降ろした。
しかしそのまま彼はじっとこちらを見つめてくる。橋爪も無礼にならない程度に彼を改めて視線を向けた。

短めの髪にきりりとした顔立ち、隙なく立つ全身からは橋爪のあこがれてやまない男の色気というものが漂っている。このひとなら男も女も放っておかないだろうなとぼんやり思った。
ただのサラリーマンとは訳が違う。エリート社員とでも言ったところだろうか。それが何故ここにと疑問を抱いたところで向けられる彼の視線の勁さに気付いた。

その眼が何故か怖いな、と感じた。




「…あの、お客様？」

思い切って、それでも恐る恐るたずねてみると何故か口の端で少しだけ笑んだようだった。
まさか、男だとバレたのだろうか。
思わず身を強張らせた橋爪に、男は打って変わってスマートな笑みを向けてきた。

「失礼致しました。私はこういう者ですが───」

隙無い仕草で出してきた名刺を反射的に橋爪は受け取る。
そこには橋爪でも名前を知っている有名な広告会社の名前が入っていた。彼の名前は西脇巽。この若さでマネージャーの肩書きがついていた。やはり優秀な人なのだろうなと思った。

「はあ…」
「突然申し訳ございませんが、以前からお話させて頂いている新しいコマーシャルの件でお伺い致しました。オーナー様はいらっしゃいますでしょうか」
「あ、い、いえ。急な出張で今朝からロンドンへ行ってしまって」

答えると彼はそうですか、と少しだけ残念そうな顔をした。
「申し訳ありません…」
どうしたらいいのか分からず、橋爪は名刺を両手で持ったまま頭を下げる。すると「いえ、勝手にお邪魔したのはこちらですから」と静かな声が頭上から降ってきた。橋爪は顔を上げた。自然、男と見詰め合うかたちになった。

「………」

そのまま沈黙が店内に満ちる。
参ったなと橋爪は心で呟いた。眼光の鋭い西脇と言うこの男の前ではやたらにいたたまれない気分になる。
放っておけば男だということもバレてしまいそうだと冷や汗をかきつつ口を噤むことしか出来ない。

すると西脇の手がいきなり伸びてきて、橋爪の頬から耳に触れた。

「な、何でしょう！」
「曲がっています」

びくりと身を強張らせた橋爪のヘッドドレスに付いていた花飾りが曲がっていたらしい。それを直して、ついでに男の指先が髪をさらりと梳いていったのは偶然かそうでないのか。

「あ、りがとうございます」
「いつも」
「え？」
「いつもこちらの服を？」

ぎこちなく礼を言った橋爪に西脇は低音でそう尋ねてきた。声すらもが何故かこちらを絡め取ろうとするかのようは響きに溢れている。橋爪は焦りながら答えた。

「いいえ、私はただの留守番で今日はたまたま…いつもって訳では」
「そうですか」

その答えに西脇の目がすっと細くなった。笑んだのだと思った次の瞬間、橋爪ははたと気付いた。
彼の顔がすぐ目の前にある。

───何、何、なにこの距離。




「あ、あの…」
「お名前を伺っても？」
「その、…は、紫乃です」

何となく全てを名乗ると危ない気がした。
オーナーである従姉妹と橋爪は苗字が違うものの、西脇は多分橋爪が女性であると勘違いしている。たった一日だけのことなのだからここは誤魔化したまま帰ってもらおうと橋爪は考えていたのだった。
ところが。

「紫乃、さん」
「…っ、はい」

何故か区切るようにそう言われた。
そう呼ばれて橋爪の胸がどきんと大きく鼓動を刻む。
怖いなと思ったはずなのに、一瞬とても柔らかい光の下に出たように笑ったからだった。
たかが自分の名前を発音したぐらいでと思うが、どうしてなのか西脇のまなざしから目が逸らせない。その間にもどんどん西脇の顔が迫る。
しかし、思わず息を止めていた橋爪に西脇は。

「今日のところはお暇します。また、お会いしましょう」

何やら意味深な言葉を吐いて微笑むと呆然としている橋爪に一礼し、西脇は店を出て行った。

一人になった橋爪は、しばらくそのままで佇んでいたのだがやがて糸が切れたようによろよろと手近にあった椅子に座り込んだ。

───手にキスでもされそうな雰囲気だった。

手の中には未だ彼の名刺がある。
西脇巽。あの男の名前を知っただけでそれを反芻しただけで、どうしてこんなに今頬を熱くしているのか、橋爪には分からなかった。分かりたくなかった。

するとちょうどその時。

「すみません只今戻りました！　…あれ」

銀行へ行っていた筈の店員が帰ってきた。彼女は出て行った男のことは何も気付かなかったのだろう、まっすぐに橋爪の元へ戻ってきた。

「どうしました、紫乃さん」

耳が真っ赤ですよと言われても橋爪はその理由を説明することが出来なかったのだった。






続かないと思うけど…どうなるのか？
まったく謎です。誰か続き描（書）いてくれないかな。

Close

新ネタ続き

…続いてしまいました。

紫乃さんサイド。
妙に長くなりすぎましたが多分、これは　前　編　になるかもしれません。
後編書かないかもしれないんですが（苦笑）。

んじゃタイトルは　「イノセントワールド」にでもしますかね～。
（これもブランド名）

あ、そうそう今回オリキャラが出てきます。
苦手な方はご注意を。

内科医の橋爪紫乃はその日、信じられない経験をすることになる。

 

「やだやだやだ、絶対嫌だ！」

『それ』を切り出された時、目を見張った。そして今までに振ったことのない最速のスピードで首を左右に動かして否定の意を表した。
「そこを何とか」
「ね？　お願い、紫乃」
目の前には二人の妙齢の美女。波打つ栗色の髪をした姉と、真っ直ぐな黒髪の妹。その二人が橋爪に向かって拝み倒さんばかりの勢いで迫って来ていたのだった。

「紫茉…」
「どうしても嫌？」
橋爪は隣の姉を振り返った。橋爪の困った顔を見て姉は、仕方ないと言わんばかりに苦笑している。彼女は、橋爪が女顔に若干コンプレックスを持つことを知っていたからだった。

双子の目の前に居る女性二人は、実は橋爪たちの従姉妹だった。
都内でファッションブランドの店を経営している彼女たちに、いきなり呼ばれたのは休みの日の朝。
姉共々、従姉妹のマンションに出向いたところで『あるもの』を差し出されて懇願されたという訳だった。

「店番をしろって言うのはいいよ！　でもだからって、何で私が女装しなくちゃいけないんだよ！」

従姉妹たちの手の上には、生成がかった白の服───ゴシック・ロリータのワンピースが載っていたのだった。

 

従姉妹たちはゴシック・ロリータの服や小物を専門に扱う独特なショップのオーナー兼、デザイナー兼アーティストだった。
医者である橋爪には何のことかは全く理解できないが、開店して数年、今では業界内ではそこそこ名が知れたブランドになっているらしい。

彼女たちは自分たちで作る服や靴の他にも、海外ブランドと提携した商品も取り扱っていた。
そんな二人が橋爪に店番を頼むなんてことは今までに一度もなく、そしてこれからも無いと思っていたのだが───今回こんなことになった原因は、急遽、英国の某有名ブランドから声がかかったというものだった。

この重要な契約が上手くいけば、従姉妹は英国ブランドの国内販売独占権を手に入れることが出来、かつ自作の商品を先方の店舗で扱ってくれることになるのだそうだ。
それが大切なことは、説明されて橋爪にも理解できた。英国ブランドの側が、姉妹の才能を高く評価していて、「是非二人揃っての渡英を」と言われていることもだ。

しかし運悪く、従姉妹の店の店員が食事に行って同時に食中毒になってしまっていた。他のスタッフで残った一人は親族の訃報で急遽地方へ帰省し、あと一人は兄の結婚式に合わせて家族共々先週から海外へ行ってしまっている。
そのため今日一日、店員が一人になるというのだ。
明日になれば代わりのスタッフが入ってくれるから今日だけはと言われるのは分かる。
だがどうしてそれが橋爪の『女装』に繋がるのかが分からなかったのだった。

「私は身長177もあるんだよ！？　似合うわけないでしょう！」
「大丈夫、私175だもん。私の貸すから」
そう言うも、従妹にさらりと否定された。

「だってウチの店はこれが売りなのよ」
「そうよ。店員自ら着るのがポリシーなの。譲れないのよ」
「でも」
「…まあ私も着るし」
「紫茉！」
既に爪を黒く塗り始めていた紫茉が、手に息を吹きかけながらそう言った。思わず声を上げた橋爪に、紫茉はマニキュアの瓶の蓋を締めながらさらりとある提案をした。

「じゃあ一度やってみたらいいんじゃないの」
「え？」
「紫乃は自分に似合う筈がないから恥ずかしくって着たくないって思ってるのよね？　だったらこの服を着てみて、それで心底おかしいと思ったらやめればいいのよ。そうしたら紅音も翠も勧めないわ」

何か論点が違う気がした。
しかしそう言えずぱくぱくと口を動かすだけの橋爪に、「そうよね」「それがいいわ」「いいでしょ？紫乃」と姉の紅音と妹の翠が矢継ぎ早に同意を求めてくる。

そして橋爪がうなずく前に、沈黙は同意と言わんばかりに、そうしましょうと勝手に意見を一致させた女性たちによって橋爪は着替えされられてしまったのだった。

───そして。
「どう？」
「………」

身長よりも遥かに高い鏡の前に立たされた橋爪は言葉を失っていた。
腕やら腰やらはやたらに身体にフィットしているというのに、スカートだけは大きく広がっている。その下にはテニスのスコートを強調したようなモノを穿かされた。下着だけは何とか死守したものの、ご丁寧に絹の長い靴下を用意されていた。
しかも頭にはレースがひらひらした帽子。赤ん坊か西洋人形が被るようなデザインのそのリボンの先は、顎の下で結ばれていた。くすぐったいなと思えども外しては駄目だと言われてしまっている。

ワンピースは生成と言うよりもよく分からない色をしていた。ああこれはもう少し濃くしたらカフェラテの色だなあと呆けかけた頭でそんなことを考えた。それよりも少しだけ濃い色のジャケットを羽織って完成。

「変？」
「…そんなことは、ないけど」

隣から、全身黒に紫の色が入った服に身を包んだ紫茉がひょっこりと姿を現す。その唇は妙に真っ赤で目のフチは黒くて、橋爪は内心姉が小悪魔のように見えて怖いと感じた。
しかしその姉は、いっそ堂々としていてよく似合っている。そしてその姉と酷似している顔で白バージョンの人間が、今鏡に映っていた。自分と言う訳である。

「あーもう素敵よ紫乃！　写真撮りたいぐらい」
「折角だから撮りましょうよ」
ここで否定をしたら姉をも貶すことになる。そう客観的に判断出来るほどに、化粧をされた橋爪の姿は違和感がなかった。
敗北感にガックリと項垂れる橋爪を前に、従姉妹二人は盛り上がっている。その様を止めてくれたのは、黒服の紫茉だった。

「そんなことしてる暇ないわよ。あなた達、飛行機の時間はいいの？」
「あ！　そうだった。もうこんな時間！？」
「行かなきゃ。じゃあ紫茉、紫乃、お願いね。店の子には連絡しておくから！」
そんな感じに紅音と翠はスーツケースを引っ掴むと部屋から慌しく出て行った。後に残されたのは、白と黒の双子ふたり。

「…紫茉。これ脱いでいい」
「ダメよ」
「何でだよ」
ためらいがちに切り出した橋爪の訴えを、紫茉は容赦なく切り捨てた。橋爪はくちびるを尖らせて、姉をじとりと睨めつける。
「紅音と翠のことよ、後で店員にチェック入れるに決まってるわ。あの子たちが帰ってきて、『何で着てくれなかったの、紫乃ー！』ってまた泣き付かれたいの？」
「………」

橋爪は返す言葉がなかった。
従姉妹たちは確かに可愛いし困っているなら助けてやりたいと思うほどの付き合いもある。それにこんな格好をさせたことを除けばとても好感が持てる性格なのだ。
彼女たちの夢も仕事への情熱も、幼いころから聞いて理解している。だがそれ以上に、橋爪は従姉妹の涙に弱かった。たとえ泣かれた後にケロッとして笑っている性格であっても。

「いいよもう…」
「諦めた？」
「ああ。もう何とでもなれ。その代わりバレても知らないよ」
やけくそのようにそう呟いた橋爪に、何故か紫茉はにっこりと笑った。

「それなら」
「？」
「───写真撮らせて、紫乃。さっきは阻止してあげたけど、私にならいいでしょ？」

紫茉の手にはどこから出したのか、デジカメが握られていた。完璧な角度で吊り上った真紅のくちびるの前には、橋爪は成す術もなくただ固まることしかできなかった。

 

そんな調子で姉妹に指定された店に出向いた。

唯一残っていた店員は幸いにも顔見知りだったため、橋爪は若干緊張を解くことが出来た。何故か店員の彼女には絶賛されたが、橋爪は腑に落ちなかった。彼女は橋爪が男性だということを失念しているのではないだろうかとすら思った。
活発な姉の紫茉と違い、橋爪は接客業の経験も無い。何も出来ませんがと恐る恐る切り出した橋爪に、店員は明るく笑って言った。

「大丈夫です、紫乃さんはレジ打ちだけして頂ければいいですから！」
「そ、そうですか？」

力強く言われてようやく橋爪にもぎこちない笑顔が戻った。
こんなに綺麗なんですからと言った言葉はきっと空耳に違いない。実は橋爪は内心レジ操作すらも出来るかどうかが不安だったが、とにかく店は開店したのだった。

平日と言うこともあり、そこまで客は多くない。それでも時折話しかけられて身を硬くしたものだったが、そのたびに店員と紫茉がフォローしてくれた。
そして一番驚いたのが、誰もが橋爪を男と気付かなかったことだった。

「そりゃそうよ」
「どうせ私は女顔だよ」
バックヤードで昼食をつつきながら不貞腐れた橋爪に、紫茉は「違う違う、そうじゃなくて」と笑った。

「人間の脳ってのは不思議なもので、『女だ』って思い込むとそうしか見ないってことよ。分かるでしょ」
「ああ、そうだったね…」
紫茉は外科医、紫乃は内科医で共に医者だった。それゆえに脳の錯覚なども勉強して知っていた。そうおぼろげに思い出しながら頷いた橋爪に、紫茉は更に続けた。

「それに女の子はね、ちょっとでも『女の子かな？』って思う相手にまさか『男ですか』なんてフツー聞けない生き物なのよ」
「そうなの」
「そうよ。失礼になるからね。最大の屈辱よ」
そうなんだ、と思いながら橋爪は弁当のご飯を口へ運んだ。

 

ところがそんな状況に急な展開が訪れる。
「病院から呼び出しだわー。行かなきゃ」
昼食の直後、紫茉がそう言った。携帯をひらひらと振る姉に、驚きつつも気をつけて、と言うしかなかった。
「悪いわね、紫乃。なるだけ早く戻るから」
「うん、行ってらっしゃい」

しかし橋爪が姉を見送って暫くした頃、「あ」と声が上がった。
「どうしたんですか？」
「いけない、大事な振込みに行くのを忘れていました。紫乃さん、少しだけお願いしていいですか？　私、銀行に行ってきます」
「は、はあ…」
「大丈夫、お客さんはそんなに来ないと思いますから！」
慰めにならないような激励の言葉を残して、店員の彼女は店を出て行った。残されたのは橋爪ひとり。

（どうしよう）
荘厳な店内に一人残されて、橋爪はにわかに不安になった。早く誰か帰ってきてくれと戦々恐々としていると何と客がやってきてしまった。
「いらっしゃい、ませ」
声が引き攣っていなかっただろうかと思った。その後も、「商品について尋ねられませんように」とヒヤヒヤしながら接客をこなした。幸い、誰も込み入った話をせずに服を試着して買って行ってくれた。
そして客が途切れ、ホッとしたのもつかの間。
電話が鳴った。

「！」
慌ててカーテンの奥に飛び込み電話を取る。
雑誌の取材のようだった。電話だと男も女も関係ない。若干力を抜きつつも後日、担当者から連絡させることを約して電話を置くと急にドッと疲れた。医師である橋爪は普段、商業的な電話応対をすることなどあまりない。

「やれやれ。…？」

表に戻ろうかと机に向かっていた身を起こした次の瞬間、ぐいと頭が引っ張られた。何だと思いつつ頭に触れると、ヘッドドレスのレース部分がどこかに引っ掛かったらしいと分かった。釘か何かだろうか。

「何、これ」
何とか取ろうとするものの、ちょうど頭の後ろの部分らしく上手くいかない。両腕を上げて苦戦しても中々外れてはくれなかった。
そしてその時、チリン、と表の卓に置いてある筈の呼び出しベルが鳴った。客が来たのだ、と橋爪は思った。

（うわーまずい！）
しかし焦れば焦るほどより絡んで行くような気がする。そのまま時間だけが過ぎていく。表では客が待っているだろうに。そう思うと余計に進まなくなった。

「！　取れた！」
取れるや否や、橋爪は目の前に下りた真紅のカーテンに向かって駆け出して行った。

「すみません、お待たせしてしまって…！」

その向こうに居る人物との出逢いを知る由もなく。






続く…のか？
紫乃さん、服の表現がカワイイかも（笑）。
ちなみに従姉の方は紅音（あかね）、妹は翠（みどり）と読みます。
紫茉紫乃だから、色で統一してみました。
男の従兄弟とかなら蒼一郎とかなんですよきっと（←テキトーだな…同人風というか）。
 
だって紫乃さんが菌が可愛いんだもん！
素敵だよね！って叫ぶしかない。菌の中心で紫乃さんに萌を叫ぶ。
ていうか私が５秒で描いたのオリゼーだけだったのに。クリソゲヌム（青カビ）までもすごい。
（青カビ描くの難しい）
しかし、小さなちいさなヨグルティに萌えた…！

西脇っ、紫乃さん攫ってやって！　（意味不明）

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て訳で！

今思いついた新ネタ書いてみました。

昨日のネタとは違うんですよ。
パラレルにしてしまいました。

しかしロリータっていいねえ。資料にあちこち見てたら、着てみたいとか思うようになってくるから不思議…。

でも私は本職さんではありませんので、描写に間違いがあっても許してください。
↓ゴス紫乃さんが平気な方はどうぞ。

広告代理店で働く西脇巽はその日、生まれて初めての体験をすることになる。

 

「………」
灰色のレンガ造りの壁に、大きな窓の内側にはビロードなのか真紅のたっぷりとドレープを取ったカーテン。扉は黒檀。古い英国を思わせるような建物は、周囲のビルとビルの間にぽつんと建っていた。

閉ざされた扉の前に西脇は無言で佇む。
どれぐらいそうしていたのか。店の中から出てきた少女───と思しき人形のような縦ロールの女性が胡散臭げに西脇を見て去って行く。

眉の間に皺を深く刻みつつも、西脇は腹をくくって金のドアノブに手をかけた。
チリン、と高い鈴の音がする。

中に入ってみると店内は薄暗かった。床から天井まで重厚な真紅と黒で埋め尽くされており、天井のシャンデリアはどこの宮殿かと思うほど豪奢だった。
店の真ん中には猫足のガラス机があり、その中には何やらよく分からないアクセサリーが並んでいる。
この机で書き物なんか出来そうにないな、と西脇は思った。

まさか自分が、生きている間にゴシック・ロリータ・ファッションの店に足を踏み入れることになろうとは、思ってもみなかった。

 

事の起こりは、請け負った新しいCMだった。
今回のクライアントは若い女性社長で、CMのコンセプトにゴシックロリータが良いと注文を出してきたのだ。それも、業界では知る人ぞ知るという有名なブランドに限定して。

西脇の勤める会社は業界一を誇る大手広告代理店だ。
その会社の作るCMということは、最低でも全国規模を意味する。そのイメージになるというものであれば新興の小さなブランドにとってはまたとないチャンスになるだろう。
最初はその程度にしか思わなかった。

ところがそのオーナーが全くこの話を受け入れようとはしなかったのだった。
電話をかけても断られ、メールを送ってもやんわりと返され。コネクションを使っても全く効果なし。
クライアントは頑迷にそのブランドにこだわる。
そんな訳で、西脇自らオーナーを説得するためにここまでやって来たのだった。

目的のためにならある程度の手段は選ばない、それは仕方ないし西脇もそれは割り切っている。
だが西脇は早くも後悔し始めていた。
こういった店とは、あまりにも自分とは、世界が違いすぎる。
クロあたりが見たら何と言うか───そんな暗澹たる気持ちのままぐるりと見渡すと、店内にはびらびらとした服や靴、鞄が陳列されている。
それらが、同じ趣向の少女や女性たちにどんな価値を持つのかは知らない。だが一見しただけでも、布の光沢やデザインに、上質なものであること、作り手売り手のこだわりが含まれていることだけは認めざるを得なかった。

その、店員が居るべきカウンターに今人の姿はない。
それどころか店内には西脇一人しかいなかった。西脇は仕方なくカウンターに近寄り、卓上のベル───どこの執事を呼びつけるものだか、と思いつつもそれを手に取り───二、三回鳴らした。

そして待つこと数分。
どうやって説得するか、から、まさか本当に誰も居ないのか気付いていないのかと考えがそこに及び始めた頃にようやく奥のカーテンが動いた。

「すみません、お待たせしてしまって」

その人物は慌てて出てきたのか、やたらに高い靴に躓いた。

「あ、」
「危ない！」

声を上げたその時には身体が傾いていた。咄嗟に西脇は近寄り手を差し伸べる。
まるで西脇の飛び込んでくるようなかたちでその店員は西脇の腕の中に倒れ掛かってきた。

さら、と髪の毛が揺れた。薄茶色の髪。
甘い白粉や香水など嗅ぎ慣れて、むしろ辟易しているきらいがあるにも関わらず、何故かその店員からは得も言われぬ良い匂いがした。

「も、申し訳ありません」
「いや…」

抱きとめていた店員の身を正すと、正面から向き合うかたちになった。
背が高い。ヒールを履いているとは言え西脇と同じぐらいはある。だが驚いたのはその身長にではなかった。

 

白く、すべらかな肌に羞恥のためかほのかに紅みが差していた。
睫は今まで見たどんな女性よりも長く、綺麗な茶色の瞳をしている。

「あの…」
「…ああ、失礼」

西脇は店員の両腕にかけていた己が手を下ろした。
そして失礼にならない程度に目の前の店員を見つめる。

その人の髪は耳と肩の半ばで切りそろえられていた。
チュールレースのフリルボレロが上半身を覆うものの、胸下で斜めにカットが入っている。
それが余計にウエストの細さを際立たせていた。
その細い腰から三角形に広がった硬そうなスカートは裾に大きなフリルが二段も入り、波打つようにその周りを囲んでいる。
更にその下は、スカートの裾ぎりぎりにガーターが見え隠れしていた。

上から下へ、一瞬。
そして床から再び顔に戻った時には既にその存在に目を奪われていた。

頭には白のヘッドドレス。その両端には薔薇の花が付いていた。
顎の下で結んだリボンですら清楚に見えた。
オールドホワイトを基調にしているにも関わらず、それぞれの小物で微妙に色が違う。全体的に、ごく薄いシナモンか、セピアをも思わせた。
それを何と言うのか西脇は知らなかった。
それでいてその姿は、上品でいて高価な、クラシカルな人形のように見えた。

咲き初めのミルク色の薔薇のようだな───と西脇は思った。

 

その。

「…あの、お客様？」

そのヌードピンクのルージュを塗ったくちびるが、音を発する。

それがひどく心地よく思えた。
西脇は知らず、口端にかすかな笑みを浮かべていた。
今まで考えたこともなかったが、この存在はあまりにも西脇の知るゴシックスタイルのファッションに身を包んだ女性とは、違いすぎる。

───こんな、極上の存在ならば再び腕に抱いてみたい。

「失礼致しました。私はこういう者ですが───」

そんなスリルにも似た愉悦が自分の中から湧き上がるのを感じた。
それを笑顔の裏に隠して、西脇は名刺を取り出すと目の前の店員に率ない仕草で差し出していったのだった。





…こんな感じ？
いいねぇ背広のエリート電○社員と白ゴス紫乃さん（注：男）。
ちなみに紫乃さんは店員ではない予定。

薔薇は、フチがピンク色をした、ミルク色の薔薇です。分かるかなあ。
あと服のイメージは、「Mary　Magdalene（メアリーマクダレン）」と、「Victorian　maiden（ヴィクトリアンメイデン）」を参考に致しました。

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